大峯奥駈道(前鬼~佐田辻)
4日(土):八王子5:30~(クルマ)~「山の家晴々」14:30(クルマ駐車、温泉&復路セットをクルマにデポ)~(コミュニティタクシー)~「小仲坊」15:30(泊)
5日(日):前鬼「小仲坊」6:30→太古ノ辻9:40→天狗山11:15→地蔵岳12:30→涅槃岳14:25→証誠無漏岳→阿須迦利岳→「持経ノ宿」16:05(泊)
6日(月):「持経ノ宿」7:45→天法輪岳9:15→倶利迦羅岳→行仙岳11:55→佐田辻12:55→浦向15:30→「山の家晴々」(泊)クルマで「きなりの郷」(温泉&晩飯調達)往復
7日(火):「山の家晴々」~(クルマ)~東京
登山口も下山口も紀伊半島のとにかく最奥地。有名な山があるわけでない遠方の計画だったし、先の読みづらい天気で展望も期待できそうになかった。それでも下山した最後の宴会で来て良かったと皆が楽しく振り返えることができたのは、この山域が持つ独特の要素を味わった満足感のためだろう。楽しく歩けたメンバーにも感謝。
前泊した前鬼(ぜんき)の小仲坊では(かつて役行者に付き従った鬼の子孫という)管理人夫婦とわれわれ、そして5,6人の同宿者とで膳を並べ、酒で身を清めながらあれこれ歓談。こういう所に集まる人は皆面白い。いつまでも残って欲しい宿だ。翌朝は、山伏装束に身を包んだ龍谷大学の修行者(若い女性)が法螺貝を吹いてわれわれの出発を見送ってくれた。小雨で気温は高め。雨具を着たり脱いだりしながら最初の急登をこなす。850段余りの滑りやすい木の階段もあって稜線の太古ノ辻までゆっくり登る。ちなみに、途中まで一緒で天狗山から前鬼に戻った同宿者は下りでこの階段で滑り、手首と腰を負傷したようだ。
稜線に出ていよいよ奥駈道を南に向かう。広々とした笹原と樹林帯が交互に繰り返される。笹原は5月に来たときよりも伸びて足下が見えづらく注意を要した。ピークを幾つも越えていくのだが、巻き道らしきルートを選ぶと途中で行き詰まったりすることがしばしば。バリエーション的な面白さと楽しむほかはない。計画より少々遅れて着いた持経ノ宿は居心地満点の無人小屋だった。枯れない水場が近く、小屋内には全面にマットが敷かれ毛布が山のように用意されている。バッテリーのもつ間だけだが電気照明も完備。薪ストーブもあって暖を取ったり衣類を乾かしたりしながら、持ち上げたビールやワイン、日本酒で話に花が大いに咲いた。キャパ20人というが宿泊者はわれわれ3人だけ。南奥駈道の山小屋やルートは新宮山彦ぐるーぷという地元組織が管理・整備している。
翌日はすっかり良い天気。光の差す樹林帯の尾根歩きや、場所によってだが昨日まで見えなかった眺望を楽しんだ。吉野から熊野大社までの90kmというロングルートは南へ行くに従って標高を下げる。昨日は1500m前後、今日は1200m前後といった具合。それでもピーク越えを幾つもこなすのは変わらず岩場もある。修験者の祈りの場である靡(なびき)が随所にあって、出会う度にここは普通の山道でないのだと思い知る。佐田辻から下山に取りかかる。ここからはピーク越えは一切なく山腹を横切って下りていくルートが続く。楽ちん楽ちんと喜んだが、途中かなり気を遣う長いトラバースもあって油断のできない道だった。昭文社では実線なのに対してYAMAPではルートが一切表示されていないのはそのためか、あるいは新宮山彦ぐるーぷが開いた比較的新しいルートのためか。
今回の山行で意外だったのは、南奥駈道のエリアでは昭文社のコースタイムが厳しめに感じたことだ。普通だとゆっくり歩いて休憩を入れてもコースタイムを越えたりはしないが、ここでは遅れがちになって度々急かされた。同じ地図でも北エリアではそのように感じることはなかった。次回の計画では考慮に入れておきたい。
















