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箱根湯坂路〜屏風山 : 2019/04/16 (火)
報告者 小堀
山域 箱根
ジャンル ハイキング
天候 晴れ
行程 箱根湯本駅8:30→湯坂山9:50→浅間山11:20→湯坂路入口12:20→畑宿13:30→甘酒茶屋14:00(ランチ休憩)→屏風山15:20→箱根町16:00
報告  先日、箱根の浅間山〜鷹巣山を歩いた際、心惹かれるいくつかの地名に出会った。
「湯坂路」「飛龍ノ滝」と、関所破りの道「屏風山」。
 そこで、今回は新期外輪山ルートの第2弾として、湯坂路経由で浅間山から屏風山へと抜ける道を歩いてみることにした。

 湯坂路とはいわゆる鎌倉古道で、鎌倉時代に築かれた箱根越えの街道である。その入口は、箱根湯本駅にほど近い国道1号線沿いにあった。ここから30分ほど、やや荒れ気味の登山道を上ると、湯坂城跡。大森氏や後北条氏が防衛の要とした山城の跡である。

 なだらかな樹林帯をしばらく行くと、日当たりのよい場所に出た。
 山桜やソメイヨシノと青紅葉の、息を呑むような競演。新緑と散り際の花の色が青空に映え、まるで野趣あふれる庭園のようだった。
 箱根の山中にこんな美しい場所があったとは−−。
 春色に染まった尾根道を夢見心地で歩き、浅間山に到着。鷹巣山を経由して、湯坂路入口の手前で左折し、樹林帯の階段を下る。草むらの間の細い道を入っていくと、沢に出た。

 目の前に忽然と現れたのは、なんとも神々しい光景だった。高々とそびえる柱状列石を、水しぶきが千条の絹糸となって駆け下っていく。飛龍ノ滝は、霊峰・神山にいます箱根権現を信奉する修験者の行場だったらしい。その佇まいは、古代ギリシアの神殿を彷彿とさせるものがあった。

 飛龍ノ滝から険しい山道を下り、箱根旧街道に出た。寄り道が過ぎて予定時間をかなりオーバーしていたので、路線バスでショートカット。甘酒茶屋で一服し、名物の甘酒と磯辺巻きで腹ごしらえをした。
 ここから街道を渡り、最後の目的地・屏風山を目指す。旧街道から箱根関所の裏山へと分け入る、「関所破りの道」を歩くのだ。

 かなり以前になるが、箱根関所資料館を訪れた時、関所破りを犯して死罪となった、お玉という10代の娘のことを知った。お玉は江戸の親戚の店に奉公に出たが、望郷の念やみがたく、屏風山を抜けて故郷の伊豆を目指した。だが、柵越えに失敗して動けなくなったところを関所の役人に発見され、あえなく御用となってしまう。
 関所破りは、本来は磔刑となるべき重罪であった。だが、お玉は罪一等を減ぜられ獄門となっている。おそらく、関所の役人も含めて、お玉を死罪にしたい人など1人もいなかったのだろう。

 小暗い樹林帯を1時間弱ほど登ると、屏風山の山頂である。ここも後北条氏の砦跡だとのこと。展望がない尾根道をしばらく行くと、尾根の木立の間から束の間、富士山が見えた。
 お玉が関所破りをしたのは2月上旬。冠雪したこの美しい富士山を、お玉ちゃんは見ることができただろうか。

 芦ノ湖湖畔への下山路には、急峻な階段があった。この山は、芦ノ湖側から見ると、切り立った屏風のように切り立っていることから「屏風山」と名付けられたという。その屏風に穿たれた、224段の階段を下るのである。
 登山道など整備されていなかった江戸時代には、「ひよどり越えの逆落とし」のような難所だったことだろう。やむにやまれぬ事情で関所破りをした人たちの苦労は、やはり並大抵のものではなかったのだ。
 そんなことを思いながら、下山して箱根関所跡に向かった。


春の湯坂路

うららかな尾根道

湯坂路からの分かれ道。樹林帯を下る

飛龍ノ滝

屏風山への登り

路傍のスミレ

屏風山山頂

尾根道から一瞬、富士山が

屏風山からの急峻な階段

箱根関所跡